Claire de Lune

 今年も早いもので、秋のお彼岸となりました。

 年明けて母が亡くなり、葬儀、納骨、新盆、お彼岸と行事が続く中で考えるのは、今後も一周忌、その後と続くこの行事は、「死」という今生の別れに対する受け容れと、「亡くなった存在」に対する新たな出会い、交流であるということです。

 「死」という「別れ」を受け容れない限り、「亡くなった存在」としてのその人との新たな出会い、交流を始めることは出来ない、その為に、定期的に法要、行事があり、縁ある遺族が集い、供養をする。もうこの世にいない、二度と会えないということを受け容れた上で、それでもその人を思い出し、感謝し続ける。


 昔は当たり前に行われていたこの行事がおろそかになってから、自分の「死」を極端に恐れたり、他者の「生命」を軽んじたりする、殺伐とした世の中になってしまったのではないでしょうか。

 「心の時代」などと言われますが実際はその逆で、「物」の時代であるからこそあえて「心」を持ち出さないと意識出来ない、死後の世界はあるのかないのかなど早急に結論を求めてしまう、少し危うい時代であるとも言えます。

 あと何年生きるのか、どのように死ぬのかはわかりませんが、生命ある限り、今まで出会った全てのご縁ある人、亡くなった人と共に日々役割を全うして行くのみです。

 


Debussy Claire de Lune ドビュッシー「月の光」 ピアノ

 

Solace

「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」とは「歎異鈔」の有名な一節、親鸞の言葉です。「善人ですら往生するのだから、悪人は間違いなく往生する」と訳すと悪人を肯定する意味になってしまいますが、ここで言う「善人」「悪人」とは今の感覚で言う意味ではありません。

 「善人」は「善い人」ではなく、「自分が正しいと思っている人」のことです。自己の能力で悟りを開こうとする人は、自分が神仏に近づこうとするので、神仏に頼ろうとするよりは自分自身が「わかった人」になってしまう、自分が正しいという思い込みは、他者を裁き、争いになることが多いのは、家庭内の諍いから世の紛争まで数え上げたらきりがありません。

 「悪人」とは「悪い人」ではなく、自らを、煩悩にとらわれた凡人と自覚している人です。どんなに正論を言ったところで、所詮自分の理解には限界がある、人間は大宇宙に比べて小さな存在、わかっていても失敗を繰り返す存在であることを承知している。当然、他者を裁いたり自己正当化したりする資格はないと思っているので、「善人」の様に他者に指を突きつけて批判したりすることはありません。

 私自身は、己を「善人」ではなく「悪人」の部類だと思っています。表現することは好きですが、人の好き嫌いは激しく、潔癖過ぎるところもあり、成功より失敗の多い人生を歩んで来ました。

 それでも私は、自分が正しいということに疑いすら持たず人を裁く人間より、あちらこちらに頭をぶつけながら、苦悩しながら、一所懸命に人生を生き抜く人間の方が好きです。悟ることなど出来ない、わからないということがわかった人こそ、真実に一歩でも近づくのではないでしょうか。


Scott Joplin - Solace

Liebesträume

 「大往生」とはどういう意味でしょう。

 例えば、90歳100歳で亡くなると「大往生」と言われることが多いですが、実際はどうなのでしょうか。
 今、世は健康ブームでもあり、〇〇は身体に良い、悪い、〇〇の方が長生きする等に意識が向いている様に見受けられます。
 健康で長生きしても貧困にあえいでいたり、先行きの不安を常に抱きながら暮らしていたのでは、何歳迄生きても大往生とは言えないと思います。

 私が「大往生」と思える死に方は只一つ、生き切った結果、何の未練、執着も残さず世を去ることです。

 生きている間にどんなに不幸で、後悔が絶えない人生であったとしても、死に際が幸せで、自分の願った通りの死に方であった場合、それが何歳の時であっても、「大往生」と言えるのではないでしょうか。


リスト「愛の夢」第3番 (ステファン・アスケナーゼ)

Grande Sonate pathétique

人が亡くなってから四十九日の法要までは、想像以上の慌ただしさで時が流れます。葬儀、部屋の解約と撤去、それに付随した光熱費その他の手続き、役所への届け出、相続手続き、遺品の整理、お墓の手配など、最も悲しい時期に息つく暇もなく動き回ることになります。

 そして、気がつけば百か日。この日の法要は卒哭忌とも呼ばれ、悲しみに泣きくれることをやめる日であると言われていますが、実際は百か日までは悲しみに泣きくれる日を過ごすことも出来ず、悲しみの中で諸々手続きを進めて行かなければならないのです。

 私の場合は、母の死に伴う諸々手続きだけでなく、そこに、転職と引越しが加わり、納骨は百か日を過ぎてからとなりました。卒哭忌と言われても、大抵の人にとって、一親等の方(親、配偶者、子供)が亡くなった場合、悲しみから卒業することは不可能と思います。悲しみを胸に、それでも表面は明るく、生き抜いて行くことが、故人への供養となるのではないでしょうか。

 そして、生前交流をしていた時と同じく、仏壇で、お墓で、時に一緒に行った想い出の場所で、故人を偲び語らうのもいいと思います。亡くなった方は、その人の想い出を残す人が存在しなくなるまで生き続ける、それが途絶えることなく継続して行くのが人間です。永遠の生命というものは、一人の人間が永遠に生きるという意味ではなく、この様な想い出の連鎖が、永遠であるということです。

 


ベートーヴェン ピアノソナタ第8番「悲愴」第2楽章

Étude op.10 nº3

 戒名はいるのかいらないのか。

 葬儀もしくは納骨の時、近しい人の位牌に、僧侶につけてもらった見慣れない名前が書かれ、お墓にも彫られている。慣れ親しんだその人の名前は、俗名として位牌やお墓の後ろにひっそりと書かれていることに、違和感を感じる人も多いことでしょう。

 そもそも戒名は、死後につけられるものではなく、仏門に入り、受戒を受けた人に与えられるものでした。戦国武将の武田「信玄」、上杉「謙信」、大友「宗麟」は皆戒名です。生前に、堂々と戒名を名乗っていた訳です。

 それが、江戸時代に入り、寺請制度が設けられてからは、お寺が今で言う区役所の役割を担う様になり、国民は、何れかの寺院を菩提寺と定め、その檀家となることを義務付けられました。そして各家庭には仏壇が置かれ、亡くなれば寺への貢献度に応じて戒名がつけられ、法要の際には僧侶を招くという慣習が定まり、寺院に一定の収入と信徒が保証される様になりました。それが明治維新廃仏毀釈まで延々と続いた訳で、今残っている慣習もその名残です。仏教という宗教的な意味合いよりは、国家政策の一環としてのお役所としての役割に限りなく近いのです。

 しかし、核家族化が進んだ現代においてもこの制度に固執していては、お寺も存続が危うくなるのは目に見えています。最近、永代供養墓、無宗教墓の開設にお寺が力を入れる様になって来たのも、時代の流れによるものです。

 戒名がいるいらないの問題は、どのような葬儀、納骨をするかによって変わって来ます。そして、亡くなられた方が高い戒名をつけられたからと言ってその人に何らかのメリットがある由もなく、あくまで残された側の気持ちの問題に他なりません。戒名があろうがなかろうが亡くなった人とは二度と会えない、送る側が、真心を込めて、亡くなった後もその人の思い出を胸に共に生きることが、一番大切であると思います。

 来月は母の納骨、勿論戒名はありません。私もこの世を去る時は俗名のまま、後に続こうと考えています。


ショパン 別れの曲

Don Giovanni

 仏壇、位牌はいるのかいらないのか。

 これは、それぞれの家庭が判断することですが、私の考えを書きます。 

 昭和の中頃迄は、仏壇があり、先祖代々の位牌が祀られている家庭が多くありました。そもそも日本人は、横のつながり(地域、友人知人などの人脈)だけでなく、縦のつながり(両親、祖父母から遡るご先祖様)を大切にする民族であった筈なのです。自分が今あるのは父母がいるからで、その父母にもまた父母がいて、そういう大きな歴史の中の氷山の一角として今の自分が生きている。「ご先祖様に顔向けが出来ない」という言葉が昔はありましたが、今はほとんど死語の様になっています。

 これは、良くも悪くも資本主義社会のせいです。資本主義の最も大きな問題点は、今現在の進行形のみにこだわり、「生」と「死」という命あるものにとって最も大切なことを「病院」だけに押し付けてしまったことにあります。映画や小説で言えば、始まりと終わりを見ないで過程だけで全てが判っている様に錯覚している様なものです。出産や死をほとんどの人が家庭で体験しないまま、目先の利益、効率を優先して生きて行く中で、人として本当に大切な何かが著しく欠けてしまったことの弊害が、昨今の忌まわしい事件、犯罪を生んでいるのではないでしょうか。

 自分一人で生まれて来たのではない、誰かに助けられて生まれ、育ったことへの感謝、そして老いて自然に亡くなることへの悲しみ、受け容れ。今世の中に不足しているのは「感謝」「愛情」そして大自然の摂理への「尊敬」「畏怖」といった、古来から人間に当たり前に備わっている感情、感性だと思います。

 若さばかりを追い求め、ちょっとしたことで鬱になったり、寂しさからペットブームになり面倒を見切れないと物の様に捨てる、そういったことは、少なくとも各家庭に仏壇があり、ご先祖様の位牌に手を合わせて大きな流れの中で生きていた少し前の時代までは、なかったことです。

 自分が一人で生きている訳ではなく、その誕生や成長過程において、必ず親の世話になっている。しかも親は完璧ではなく、生きる上で様々な壁にぶつかりながら生き抜いた、そんな完璧ではない親が自分を産み育ててくれた、そこに感謝こそあれ不平不満を言っている場合ではないことは昔の人は腹の底から理解していた様に思います。

 全ての事象には光と影があり、始まりと終わりがある。資本主義のおかげで現代の物質的発展を遂げた社会ではありますが、ここに来て、時代は、今一度、目先のことだけで走り続けて来て、見失っていた大切な本質を取り戻さなければならない時期に来ていると思います。

 


ドン・ジョヴァンニ 序曲 ダニエル・ハーディング指揮 2006

Arioso

 お墓はいるのかいらないのか。

 「私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません」という歌が流行ったことがありましたね。

 さて、私は見えない世界の話をすることは基本的に好きではありませんので普段そういう話は滅多にしませんが、今迄かなり不思議なことを数多く体験しています。それをこのブログで語るつもりはありませんが、結論から言うとお墓は必要です。

 そもそも人間と動物の違いは、二足歩行でも道具を使うことでもなく、死者を弔うかどうかだと思います。動物でも身内が亡くなれば悲しみますが、葬祭を行ったりお墓を作ったりはしません。ネアンデルタール人が死者に花を手向けたことは化石で判明していますし、人類の数ある文化、例えば絵画、音楽、演劇、舞踊、スポーツ、芸能などは、そもそも葬祭を起源とする祭典から始まり、遠心分離的に進化して現在の形となって生活に根付いています。

 亡くなった方がずっとお墓いる訳でもなく眠ってもいないとは思いますが、お墓を中継地点としてこの世とあの世がつながることは自分の経験から確かだと考えています。親族がお墓参りに行けばご先祖はその時お墓に来ます。面会所、待合室の様な場所だと思うのです。

 各家庭に菩提寺があった頃は先祖代々の繋がりが深かったと思いますし、現代の様に合祀墓、納骨堂の場合は、面会所に沢山の人が集まるというイメージです。

 ここ数年、お寺を母体とした永代供養墓、無宗教墓が増えたのは、江戸時代まで区役所の役割を担っていたお寺、仏教が取り仕切っていたあちらの世界も、かなり変化したということでしょう。

 家族でお墓参りに行き、お供えをし、故人を偲んで皆で食事などをして帰る、この行為が、古代から現代まで私たち人としての存在が代々続いて来た証ではないかと考えています。

 


J S バッハ:アリオーソ 第二楽章ラルゴ(J.S.Bach:Concerto No.5 in F-minor for Harpsichord and Strings BWV.1056 )