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Liebesträume

 「大往生」とはどういう意味でしょう。

 例えば、90歳100歳で亡くなると「大往生」と言われることが多いですが、実際はどうなのでしょうか。
 今、世は健康ブームでもあり、〇〇は身体に良い、悪い、〇〇の方が長生きする等に意識が向いている様に見受けられます。
 健康で長生きしても貧困にあえいでいたり、先行きの不安を常に抱きながら暮らしていたのでは、何歳迄生きても大往生とは言えないと思います。

 私が「大往生」と思える死に方は只一つ、生き切った結果、何の未練、執着も残さず世を去ることです。

 生きている間にどんなに不幸で、後悔が絶えない人生であったとしても、死に際が幸せで、自分の願った通りの死に方であった場合、それが何歳の時であっても、「大往生」と言えるのではないでしょうか。


リスト「愛の夢」第3番 (ステファン・アスケナーゼ)

Grande Sonate pathétique

人が亡くなってから四十九日の法要までは、想像以上の慌ただしさで時が流れます。葬儀、部屋の解約と撤去、それに付随した光熱費その他の手続き、役所への届け出、相続手続き、遺品の整理、お墓の手配など、最も悲しい時期に息つく暇もなく動き回ることになります。

 そして、気がつけば百か日。この日の法要は卒哭忌とも呼ばれ、悲しみに泣きくれることをやめる日であると言われていますが、実際は百か日までは悲しみに泣きくれる日を過ごすことも出来ず、悲しみの中で諸々手続きを進めて行かなければならないのです。

 私の場合は、母の死に伴う諸々手続きだけでなく、そこに、転職と引越しが加わり、納骨は百か日を過ぎてからとなりました。卒哭忌と言われても、大抵の人にとって、一親等の方(親、配偶者、子供)が亡くなった場合、悲しみから卒業することは不可能と思います。悲しみを胸に、それでも表面は明るく、生き抜いて行くことが、故人への供養となるのではないでしょうか。

 そして、生前交流をしていた時と同じく、仏壇で、お墓で、時に一緒に行った想い出の場所で、故人を偲び語らうのもいいと思います。亡くなった方は、その人の想い出を残す人が存在しなくなるまで生き続ける、それが途絶えることなく継続して行くのが人間です。永遠の生命というものは、一人の人間が永遠に生きるという意味ではなく、この様な想い出の連鎖が、永遠であるということです。

 


ベートーヴェン ピアノソナタ第8番「悲愴」第2楽章

Étude op.10 nº3

 戒名はいるのかいらないのか。

 葬儀もしくは納骨の時、近しい人の位牌に、僧侶につけてもらった見慣れない名前が書かれ、お墓にも彫られている。慣れ親しんだその人の名前は、俗名として位牌やお墓の後ろにひっそりと書かれていることに、違和感を感じる人も多いことでしょう。

 そもそも戒名は、死後につけられるものではなく、仏門に入り、受戒を受けた人に与えられるものでした。戦国武将の武田「信玄」、上杉「謙信」、大友「宗麟」は皆戒名です。生前に、堂々と戒名を名乗っていた訳です。

 それが、江戸時代に入り、寺請制度が設けられてからは、お寺が今で言う区役所の役割を担う様になり、国民は、何れかの寺院を菩提寺と定め、その檀家となることを義務付けられました。そして各家庭には仏壇が置かれ、亡くなれば寺への貢献度に応じて戒名がつけられ、法要の際には僧侶を招くという慣習が定まり、寺院に一定の収入と信徒が保証される様になりました。それが明治維新廃仏毀釈まで延々と続いた訳で、今残っている慣習もその名残です。仏教という宗教的な意味合いよりは、国家政策の一環としてのお役所としての役割に限りなく近いのです。

 しかし、核家族化が進んだ現代においてもこの制度に固執していては、お寺も存続が危うくなるのは目に見えています。最近、永代供養墓、無宗教墓の開設にお寺が力を入れる様になって来たのも、時代の流れによるものです。

 戒名がいるいらないの問題は、どのような葬儀、納骨をするかによって変わって来ます。そして、亡くなられた方が高い戒名をつけられたからと言ってその人に何らかのメリットがある由もなく、あくまで残された側の気持ちの問題に他なりません。戒名があろうがなかろうが亡くなった人とは二度と会えない、送る側が、真心を込めて、亡くなった後もその人の思い出を胸に共に生きることが、一番大切であると思います。

 来月は母の納骨、勿論戒名はありません。私もこの世を去る時は俗名のまま、後に続こうと考えています。


ショパン 別れの曲

Don Giovanni

 仏壇、位牌はいるのかいらないのか。

 これは、それぞれの家庭が判断することですが、私の考えを書きます。 

 昭和の中頃迄は、仏壇があり、先祖代々の位牌が祀られている家庭が多くありました。そもそも日本人は、横のつながり(地域、友人知人などの人脈)だけでなく、縦のつながり(両親、祖父母から遡るご先祖様)を大切にする民族であった筈なのです。自分が今あるのは父母がいるからで、その父母にもまた父母がいて、そういう大きな歴史の中の氷山の一角として今の自分が生きている。「ご先祖様に顔向けが出来ない」という言葉が昔はありましたが、今はほとんど死語の様になっています。

 これは、良くも悪くも資本主義社会のせいです。資本主義の最も大きな問題点は、今現在の進行形のみにこだわり、「生」と「死」という命あるものにとって最も大切なことを「病院」だけに押し付けてしまったことにあります。映画や小説で言えば、始まりと終わりを見ないで過程だけで全てが判っている様に錯覚している様なものです。出産や死をほとんどの人が家庭で体験しないまま、目先の利益、効率を優先して生きて行く中で、人として本当に大切な何かが著しく欠けてしまったことの弊害が、昨今の忌まわしい事件、犯罪を生んでいるのではないでしょうか。

 自分一人で生まれて来たのではない、誰かに助けられて生まれ、育ったことへの感謝、そして老いて自然に亡くなることへの悲しみ、受け容れ。今世の中に不足しているのは「感謝」「愛情」そして大自然の摂理への「尊敬」「畏怖」といった、古来から人間に当たり前に備わっている感情、感性だと思います。

 若さばかりを追い求め、ちょっとしたことで鬱になったり、寂しさからペットブームになり面倒を見切れないと物の様に捨てる、そういったことは、少なくとも各家庭に仏壇があり、ご先祖様の位牌に手を合わせて大きな流れの中で生きていた少し前の時代までは、なかったことです。

 自分が一人で生きている訳ではなく、その誕生や成長過程において、必ず親の世話になっている。しかも親は完璧ではなく、生きる上で様々な壁にぶつかりながら生き抜いた、そんな完璧ではない親が自分を産み育ててくれた、そこに感謝こそあれ不平不満を言っている場合ではないことは昔の人は腹の底から理解していた様に思います。

 全ての事象には光と影があり、始まりと終わりがある。資本主義のおかげで現代の物質的発展を遂げた社会ではありますが、ここに来て、時代は、今一度、目先のことだけで走り続けて来て、見失っていた大切な本質を取り戻さなければならない時期に来ていると思います。

 


ドン・ジョヴァンニ 序曲 ダニエル・ハーディング指揮 2006

Arioso

 お墓はいるのかいらないのか。

 「私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません」という歌が流行ったことがありましたね。

 さて、私は見えない世界の話をすることは基本的に好きではありませんので普段そういう話は滅多にしませんが、今迄かなり不思議なことを数多く体験しています。それをこのブログで語るつもりはありませんが、結論から言うとお墓は必要です。

 そもそも人間と動物の違いは、二足歩行でも道具を使うことでもなく、死者を弔うかどうかだと思います。動物でも身内が亡くなれば悲しみますが、葬祭を行ったりお墓を作ったりはしません。ネアンデルタール人が死者に花を手向けたことは化石で判明していますし、人類の数ある文化、例えば絵画、音楽、演劇、舞踊、スポーツ、芸能などは、そもそも葬祭を起源とする祭典から始まり、遠心分離的に進化して現在の形となって生活に根付いています。

 亡くなった方がずっとお墓いる訳でもなく眠ってもいないとは思いますが、お墓を中継地点としてこの世とあの世がつながることは自分の経験から確かだと考えています。親族がお墓参りに行けばご先祖はその時お墓に来ます。面会所、待合室の様な場所だと思うのです。

 各家庭に菩提寺があった頃は先祖代々の繋がりが深かったと思いますし、現代の様に合祀墓、納骨堂の場合は、面会所に沢山の人が集まるというイメージです。

 ここ数年、お寺を母体とした永代供養墓、無宗教墓が増えたのは、江戸時代まで区役所の役割を担っていたお寺、仏教が取り仕切っていたあちらの世界も、かなり変化したということでしょう。

 家族でお墓参りに行き、お供えをし、故人を偲んで皆で食事などをして帰る、この行為が、古代から現代まで私たち人としての存在が代々続いて来た証ではないかと考えています。

 


J S バッハ:アリオーソ 第二楽章ラルゴ(J.S.Bach:Concerto No.5 in F-minor for Harpsichord and Strings BWV.1056 )

Lacrimosa

葬儀はいるのかいらないのか。

 島田裕巳氏の「葬式は、要らない」という書籍が出ている様に、葬儀に関する考え方は様々ありますが、実際に親や近しい人の死を経験している上に、以前葬儀の仕事にも携わっていた私の考えを書いてみます。

 結論から言うと、葬儀は必要ですが、形式は人の数だけあっていいと思います。

 葬儀はその人の生きて来た結果です。

 生前から自分の先祖代々墓と付き合いがあり、社会的な地位も明確な方なら、戒名をつけて立派な仏式の葬儀を執り行う必要があるだろうし、お寺との付き合いもなく、家族とのやり取りだけが心の拠り所であった方は、特に宗教家を呼ぶ必要もなく、家族だけの葬儀を執り行えばいいと考えます。

 江戸時代から昭和初期までは、大抵の家には菩提寺があり、それぞれの宗派も明確であったと思うので、仏式の葬儀と戒名は必要でしたが、核家族化が進んだ現代において、自分の家の菩提寺もわからないのに葬儀の時だけ僧侶を呼んでお経をあげてもらい、戒名までつけるのはいかがなものかとも思います。

 かと言って、葬儀もあげず、事務処理的に火葬してお役所に届けを出すだけというのも、一人の人間が生きた証として、その遺族が行う手続きとしては心なさ過ぎると思ってしまいます。

 要は、その人がどの様に生き、どの様な死生観、宗教観を持ち、いかにして人と関わって来たか、そしてその方を残された人がどう送るか、それこそが葬儀の在り方なのです。

 だから、自分が生きている間に死んだ後のことを心配する必要はないと思います。必ず、生き方を見ていた人が、ふさわしい送り方をしてくれる筈なのです。

 


Mozart Requiem 8,Lacrimosa

Salut d'amour

Amebaを退会したのでブログはこちらのみとなります。

 先月母が亡くなり、1月最後の記事を投稿したところで、もう次に何を投稿するのか、真っ白になりました。2011年から欠かさず記事を書き続けていた訳ですが、その時、自分のAmebaブログはこの記事で終わったと思いました。

 母の死を看取って痛感したのは、死は生き切った結果に訪れるものであるということです。つまり、生の延長線上にあります。死の延長線上にも何かあると思いますが、この世での、何十年か共に過ごしてきた肉体はここで終了となります。死ぬためにはとにかく生き切ることです。生きること、仕事、人との関わり、ブログ、全てやり切ることによって終わりが見えます。

 息を引きとる数時間前、医学的にもう意識はない状態と言われている中で、母は突然両手を出して、私の手をしっかりと握りしめました。死別は悲しいことですが、この経験をさせていただいたことにより、これは永遠の別れではなく、形を変えて魂の繋がりは続くということ、その瞬間が永遠につながるということがわかりました。

 晩年、母が好んで自宅のピアノで演奏していたエルガーの「Salut d'amour」が心の中にエンドレスで流れました。

 


Elgar Salut d'amour